訪問歯科で患者さんのお口を拝見していると、ときどき驚かれることがあります。
「歯医者さんは今までいろいろかかったけど、こんなこともしてくれるのね」
患者さんが驚かれる「こんなこと」とは、むし歯を削ったり、入れ歯を調整したりすることではありません。
食べる、飲み込む、話すといった「お口の機能」を確認し、その力をできるだけ保つための支援です。
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歯だけでなく、「食べる力」を診る
私と一緒に訪問してくれる衛生士は、診療のたびに患者さんの小さな変化を確認しています。
うがいをしたとき、水をしっかり口に含んでいられるか。
口の端から水がこぼれていないか。
口腔ケア中にむせていないか。
会話の滑舌に変化はないか。
口唇や口角、舌が乾いていないか。
唾液は十分に出ているか。
こうした様子は、一つひとつを見れば、些細な変化に思えるかもしれません。しかし、それらは口唇・舌・頬の筋力や協調性、唾液分泌、飲み込む力の変化を知らせる大切なサインです。
患者さんから「歯医者さんで、こんなことまで診るのですか」と尋ねられたとき、私は次のように説明しています。
「身体の体力や筋力が、歳を重ねると衰えてくるのと同じように、食べたり、しゃべったりする口の機能も少しずつ弱くなるんですよ。そうすると、食べたいものが食べられなくなったり、食べたものが肺に入って肺炎を起こしたりする原因になるんです」
訪問歯科では、「歯が痛くない」「入れ歯が入っている」だけで終わらせず、その方が今、どのように食べ、どのように話し、どのように飲み込んでいるかまで見ていく必要があります。
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感覚だけでなく、数値でも変化を確かめる
口腔機能低下症に対しては、日々の観察に加えて、3か月に一度、機器を用いた検査も行います。
検査の目的は、患者さんに点数をつけることではありません。
毎日接していると気づきにくい小さな低下を、客観的な数値で捉え、今の訓練や支援方法を見直すためです。
以前より舌の力が落ちていないか。
口唇や舌の動きが遅くなっていないか。
咀嚼する力が保たれているか。
数値を定期的に追うことで、「まだ大丈夫」に見える時期から、変化に気づけることがあります。
一方で、数値だけで患者さんのすべてが分かるわけではありません。
検査結果と、普段の食事、会話、表情、体調、介助の様子を重ね合わせて、その方に必要な支援を考えることが大切です。
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12か月後も約9割が経口摂取を維持・改善
2026年の『Journal of Prosthetic Dentistry』に、訪問歯科による嚥下リハビリテーションを受けた要介護者323人を、12か月間追跡した研究が掲載されました。
経口摂取の状態をFOISという尺度で評価したところ、解析対象となった患者さんの約90%が、12か月後も食べる状態を維持、または改善していました。
この研究は、リハビリを受けなかった人と比較した試験ではなく、診療記録を振り返った観察研究です。
そのため、「訪問歯科の訓練を行えば、必ず経口摂取を維持できる」とまでは言えません。全身状態や生活環境、介護の状況なども結果に影響していると考えられます。
それでも、要介護状態にある方々を1年間追い、約9割で経口摂取が維持または改善されていたという結果には、大きな意味があります。
高齢で持病があり、すでに介護を必要としている方の場合、若い人のように機能が目に見えて向上するとは限りません。
しかし、機能を「落とさないこと」、今の食べ方を「守ること」も、立派な治療成果ではないでしょうか。
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その人に届く方法を選ぶ
口腔機能訓練には、舌や口唇を動かす練習、発音、嚥下練習など、さまざまな方法があります。
しかし、ご高齢の患者さんのすべてに、言葉による説明がそのまま伝わるわけではありません。
大切なのは、決められた訓練を一律に行うことではなく、その方の理解力、体調、好み、これまでの生活に合わせることです。
そのなかで、多くの患者さんに受け入れていただきやすいのが「歌」です。
歌うときには、息を吐き、口を開け、唇や舌を動かし、声を出します。発声と呼吸を自然に繰り返すため、口腔機能訓練として活用できる要素が含まれています。
そして何より、歌には「訓練をさせられている」という感じが少なく、知っている歌なら記憶や感情にも働きかけます。
患者さんが笑顔になり、私たちも一緒に歌う。
その時間は、単なる筋力訓練ではありません。人と関わり、声を出し、昔の記憶をたどりながら、楽しく口を動かす時間です。
もちろん、嚥下状態や呼吸状態によっては、安全面への配慮や別の方法が必要です。歌えば誰にでも同じ効果が得られるわけでもありません。
それでも、その方が無理なく受け入れ、続けられる方法を探すことは、機能を守るうえでとても大切だと感じています。
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続けることが、「食べる幸せ」を守る
口腔機能は、一度の訓練で大きく変わるものではありません。
毎回の訪問で小さな変化を見つけ、その日の状態に合わせて働きかけ、数か月ごとに客観的な数値で確認する。
その積み重ねが、半年後、一年後の「まだ食べられる」につながるのだと思います。
機能が劇的に回復しなくても、好きなものを今までと同じように食べられる。
家族との会話を続けられる。
肺炎を起こさず、その人らしい暮らしを続けられる。
「変わらないように見えること」のなかには、医療や介護、そしてご本人の努力によって守られているものがあります。
今回の研究は、私たちが訪問の現場で感じてきた「継続する意味」を、数字としてそっと後押ししてくれました。
歯を治すだけではなく、その人が食べ、話し、笑う力を守ること。
これからも一人ひとりに合った方法を探しながら、「食べる幸せ」をつないでいきたいと思います。
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参考文献
Yamaguchi K, Komori S, Yanagida R, et al. Dysphagia progression and related factors in community-dwelling care-dependent patients through home-visit dental care: A 12-month retrospective cohort study. Journal of Prosthetic Dentistry. 2026;135(1):98–104.



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