「餅は餅屋」という言葉があります。

その道のことは、その道の専門家に任せるのが一番よい――という意味です。

けれども、訪問医療や介護の現場では、ただ専門家に任せるだけでは十分ではありません。

それぞれの専門家が持つ知識や技術を、一人の患者さんの「どのように生きたいか」という願いにつなげていくこと。

それが、本当の多職種連携なのだと思います。

訪問歯科は、一人では完結しない

訪問歯科が外来診療と大きく違う点の一つは、一人の患者さんを診るために、実に多くの人と関わる必要があることです。

患者さんご本人はもちろん、ご家族、ケアマネジャー、訪問看護師、介護職、主治医、薬剤師、管理栄養士、リハビリ職など。

診療前には、体調や生活状況、服薬内容、食事の様子を確認します。診療後には、治療内容だけでなく、食べ方や口腔ケア、義歯の取り扱い、今後注意してほしい変化などを共有します。

ここで大切なのは、認知症があるからといって、ご本人への説明が不要になるわけではないということです。

理解しやすい言葉や方法で、まずご本人に説明する。そのうえで、ご本人の意思や同意を大切にしながら、必要に応じてご家族や介護者にも情報を共有する。

意思表示が難しい場合には、これまでの生き方や好み、ご家族の話などから、その方にとって何が一番よいのかをチームで考えます。

厚生労働省の指針でも、人生の最終段階の医療・ケアは、本人を中心に、家族等と医療・ケアチームが繰り返し話し合って決めていくことが基本とされています。

口の中だけを見ていては、分からないことがある

訪問歯科の対象になる方の多くは、何らかの身体的・精神的な問題によって、歯科医院への通院が難しい方です。

脳血管障害、認知症、パーキンソン病、心疾患、がん、神経難病――。複数の病気を抱え、多くの薬を服用している方も少なくありません。

口が乾いている。

食事に時間がかかるようになった。

義歯を使わなくなった。

むせが増えた。

言葉が聞き取りにくくなった。

笑顔が少なくなった。

こうした変化は、歯や義歯だけの問題とは限りません。病気の進行、薬の影響、栄養状態、姿勢、筋力、認知機能、介護環境、そして本人の気持ちまで関係していることがあります。

だから歯科だけでは解決できません。

しかし、これは逆も然りです。

「食べられない」「薬が飲みにくい」「会話が減った」という問題の背景に、義歯の痛み、歯のぐらつき、口腔乾燥、舌の動きの低下、口腔内の汚れが隠れていることがあります。

医科や介護だけでも、口の中を見なければ分からないことがあるのです。

それでも、歯科はチームから抜け落ちやすい

「訪問医療の多職種連携」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、医師、看護師、ケアマネジャー、薬剤師、リハビリ職、ヘルパーなどではないでしょうか。

そこに歯科医師や歯科衛生士が、最初から含まれているとは限りません。

日本老年歯科医学会も、認知症を含む要介護高齢者では、口腔機能の低下が食の喜びを損なうだけでなく、低栄養や誤嚥性肺炎のリスクにもつながる一方、医療・介護連携への歯科の参画は、いまだ限定的だと指摘しています。

なぜ、歯科は連携から抜け落ちやすいのでしょうか。

歯科側の全身疾患や介護に関する知識が、十分ではないのでしょうか。

治療する歯だけを見て、その方の生活や人生にまで関心を向けられていないのでしょうか。

それとも、他職種から見て、歯科は「歯が痛いとき」「義歯が壊れたとき」にだけ呼ぶ存在になっているのでしょうか。

おそらく、原因は一つではありません。

職種ごとに使う言葉が違うこと。連絡する時間が取れないこと。誰に相談すればよいか分からないこと。口の問題を評価する共通の仕組みが少ないこと。そして、互いに「何ができる職種なのか」を十分に知らないこと。

最近の研究でも、訪問口腔ケアを広げるには、歯科だけの努力ではなく、医療制度、歯科医療者、介護者、本人を含めた多面的な取り組みが必要だと報告されています。つまり、これは誰か一つの職種の責任ではなく、仕組み全体の問題でもあるのです。

連携とは「全部できる人」をつくることではない

多職種連携という言葉を聞くと、たくさんの知識を身につけ、何でもできなければならないように感じるかもしれません。

しかし、連携とは、全員が同じことをできるようになることではありません。

看護師には看護師にしか気づけない変化があります。

介護職には、毎日の生活を見ているからこそ分かることがあります。

管理栄養士には栄養と食形態の視点があり、リハビリ職には姿勢や動作、身体機能を見る力があります。

そして歯科には、口腔内の痛みや感染、義歯、咀嚼、舌の動き、唾液、嚥下につながる口腔機能を評価し、対応する役割があります。

「餅は餅屋」でよいのです。

大切なのは、自分の専門外の問題を抱え込むことではなく、

「これは、あの職種に相談したほうがよいのではないか」

と気づき、専門家につなぐことです。

そして、専門家から返ってきた情報を、患者さんの日々の生活に落とし込むことです。

2024年度の介護報酬改定で「口腔連携強化加算」が新設され、介護職等が口腔の状態を確認し、その情報を歯科医療機関やケアマネジャーと共有する仕組みが設けられました。制度のうえでも、口腔を多職種で支える方向へ一歩ずつ動き始めています。

また、近年の研究では、看護職と歯科職が協働し、現場の介護職が実行できる方法を一緒に考える口腔ケアプログラムの有用性が示されています。ただ知識を伝えるだけでなく、現場の忙しさや本人の拒否など、実際の障壁まで共有することが重要なのです。

「正しい治療」と「その人にとっての幸せ」は、同じとは限らない

訪問歯科で出会う方の多くは高齢者です。

考えたくはありませんが、人生の最期が近づいている方も少なくありません。

そのようなとき、治療の目的は何でしょうか。

すべての歯を治すことでしょうか。

噛む力を数値上改善することでしょうか。

もちろん、それが本人の幸せにつながることもあります。

しかし、ときには積極的な治療よりも、

「痛くないこと」

「口の中が気持ちよいこと」

「好きなものを少し味わえること」

「家族と穏やかに話せること」

「いつもの顔で笑えること」

のほうが大切な場合があります。

終末期の患者さんでは、口腔乾燥、口内炎、感染、痛み、嚥下の問題などが生じやすい一方、緩和ケアのチームに歯科職が含まれていないことも多いと報告されています。歯科の役割は、寿命を延ばすことだけではなく、最期まで口の苦痛を減らし、その人らしさを守ることにもあるのです。

ただし、ここでも歯科だけで「幸せ」を決めることはできません。

患者さんは何を望んでいるのか。

ご家族は何を大切にしているのか。

安全性と楽しみを、どこで折り合わせるのか。

今できる治療が、本当にその方の負担に見合うのか。

患者さん、ご家族、介護者、医療者が同じ方向を見ながら、何度も話し合う必要があります。

目指すのは、専門職が考える「正解」ではありません。

その方が最期に、

「私の人生は幸せだった」

と感じられる環境を、みんなでつくることなのだと思います。

お口の幸せを守る「餅屋」として

食べる。

しゃべる。

表情をつくる。

笑う。

誰かと心を通わせる。

人が人として生きていくうえで、口は切っても切り離せない存在です。

だからこそ歯科は、困ったときだけ呼ばれる修理屋ではなく、その人の生活と人生を支えるチームの一員でありたいと思います。

同時に、歯科がその役割を認めてもらうためには、私たち歯科側も、口の中だけでなく、患者さんの身体、心、生活、家族、そして人生に関心を向けなければなりません。

互いの専門性を尊重し、分からないことは尋ね、気づいたことは伝え、必要な人につなぐ。

「餅は餅屋」という言葉は、仕事を丸投げするための言葉ではありません。

それぞれの「餅屋」が持つ力を、一人の患者さんの幸せのために持ち寄る。

それこそが、多職種連携ではないでしょうか。

お口の幸せを守るために、歯科が果たすべき役割を、きちんと果たせる世の中になることを願いながら。

私もまた明日、目の前の患者さんにとっての幸せとは何かを考えながら、仕事をしていきたいと思います。

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