以前、このブログで、

「人と関わることは、『食べること』にもつながっているのかもしれない」

というお話を書きました。

性格特性と食品購買傾向について調べた研究から、人との関わり方と「何を食べるか」「どのような食品を選ぶか」は、まったく別々のものではないのではないか、と考えた記事です。

人と会う。

話をする。

笑う。

誰かと一緒に過ごす。

そんな日常の人間関係が、回り回って「食べる」という行為にもつながっているのかもしれない。

今回、認知症予防についての大規模な調査研究を読んでいて、私は改めてそのことを考えました。

認知症予防について調べた国立長寿医療研究センターの研究

今回ご紹介するのは、国立長寿医療研究センターがまとめた「認知症予防についての調査研究事業」です。

この研究では、認知症予防につながる可能性のある活動を、

「身体活動」

「知的活動」

「社会活動」

という3つに分け、これまで世界で行われてきた研究を系統的に調べています。

対象となった論文は、身体活動48件、知的活動114件、社会活動17件。対象者を合わせると2万人を大きく超える規模になります。

そして興味深い結果が出ています。

身体活動、知的活動、社会活動。

この3つすべてで共通して有意な効果が認められた認知機能が、

「注意機能」「実行機能」「言語能力」

だったのです。

つまり、

「身体を動かす」

「頭を使う」

「人と関わる」

一見するとまったく違う活動が、脳の働きというところではつながっている可能性があるのです。

「運動だけ」「脳トレだけ」ではない

認知症予防という言葉を聞くと、

「ウォーキングをしましょう」

「計算問題をしましょう」

「脳トレをしましょう」

そんなイメージを持つ方も多いのではないでしょうか。

もちろん、どれも意味のある活動です。

しかし今回の報告書を読んでいると、もっと大きな視点が見えてきます。

報告書では、食事指導、運動、認知トレーニング、血管リスクの管理などを組み合わせて2年間行った研究も紹介されています。

その結果、総合的な認知機能に有意な効果が認められました。さらに、運動や認知トレーニングを単独で行うより、複数の活動を組み合わせたほうが効果的である可能性も紹介されています。

人間の身体は、

脳だけ、

筋肉だけ、

口だけ、

というように別々に生きているわけではありません。

生活そのものが、脳を使う活動なのだと思います。

そこで私は「食べること」を考えました

私が日々の訪問歯科で関わっているのは、まさに「食べる」という行為です。

食べるというと、

歯で噛む。

舌で食べ物をまとめる。

飲み込む。

そんな口の機能を思い浮かべるかもしれません。

しかし実際の「食べる」は、それだけではありません。

食卓まで移動する。

椅子に座って姿勢を保つ。

手を伸ばす。

箸やスプーンを使う。

料理を見る。

香りを感じる。

「これは何だろう」と考える。

昔食べた味を思い出す。

一口の量を調整する。

噛む。

飲み込む。

そして、

「おいしいね」

と隣にいる人に話しかける。

こう考えてみると、食べることは身体活動でもあり、知的活動でもあり、社会活動にもなり得るのではないでしょうか。

※今回の報告書そのものが「食べることによって認知症を予防できる」と証明したわけではありません。ここからは、報告書の結果を私自身の日々の臨床に重ねて考えたものです。

「誰かと食べる」には、もっとたくさんのものが含まれている

特に私が大切だと思うのが、

誰かと一緒に食べることです。

「これ、おいしいね」

「昔よく作ったのよ」

「もう少し食べる?」

そんな何気ない会話があります。

相手の顔を見ます。

表情を読みます。

返事を考えます。

声を出します。

笑います。

そしてまた食べます。

今回の研究では、社会活動を「社会(対人)交流や社会的なネットワーク・役割を向上させることを目的とした活動」と定義しています。

さらに研究の背景では、社会参加、知的活動、生産的な活動への参加や社会的ネットワークが、認知症発症に対する保護的因子として報告されていることも紹介されています。

だとすれば、

「誰かと食卓を囲む」という、ごく普通の日常にも大切な意味があるのではないか。

私はそう思うのです。

食べる意欲は「口」だけで決まらない

訪問診療をしていると、

「最近、食べなくなったんです」

という相談を受けることがあります。

もちろん、歯が痛い、入れ歯が合わない、噛めない、飲み込みにくいなど、口に原因があることもあります。

しかし、それだけでは説明できないこともあります。

食べる能力はある。

飲み込むこともできる。

それなのに食べようとしない。

そんな方もいらっしゃいます。

そこで私は、

「この方は誰と食べているのだろう」

ということも考えます。

一人で黙々と食べる食事と、

誰かが隣にいて、

「おいしそうですね」

と声をかけてくれる食事。

同じ料理でも、その人にとってまったく同じ「食」なのでしょうか。

「何を食べるか」の前に、「誰と、どう食べるか」

これは、以前ご紹介した「性格と食品購買傾向」の研究ともつながります。

人との関わり方と食の選択。

そして今回の研究から見えてきた、

身体活動、知的活動、社会活動と認知機能との関係。

それぞれ別の研究ですが、私には一つの方向を向いているように感じます。

人間にとって「食べる」という行為は、口の中だけで完結するものではない。

身体があり、

脳があり、

記憶があり、

感情があり、

そして人との関係がある。

そのすべての中に「食べる」が存在しています。

「食べる幸せ」を守るということ

高齢になると、どうしても私たちは、

「ちゃんと栄養が摂れているか」

「誤嚥しないか」

「必要なカロリーを摂れているか」

ということに目が向きます。

もちろん、どれも命を守るために欠かせません。

けれども、それだけで「食」を考えてしまうと、何か大切なものを見落としてしまう気がします。

好きなものを見る。

香りを感じる。

自分で口へ運ぶ。

噛む。

味わう。

昔のことを思い出す。

そして誰かと、

「おいしいね」

と言い合う。

そこには、身体を使うこと、頭を使うこと、人とつながることが自然に含まれています。

認知症予防のために食べるのではありません。

脳を鍛えるために誰かと食事をするわけでもありません。

ただ、

人が人らしく暮らしていく日常の中に、「食べる」という行為がある。

そしてその食べるという営みの中には、私たちが思っている以上に、身体や脳、そして人とのつながりを保つ要素が含まれているのかもしれません。

だから私は、歯科医師として単に「噛める口」「飲み込める口」をつくるだけではなく、

その人が誰かと食卓を囲み、

「おいしいね」と言える口を、できるだけ長く守りたい。

それもまた、

「食べる幸せを守る」

ということなのだと思っています。

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