訪問診療をしていると、意外に多く聞く言葉があります。

「朝はパンが食べたい」

高齢になっても、食べる機能が少し低下しても、朝食にはパンを食べたいという方は少なくありません。

トーストにバターを塗って、コーヒーや紅茶と一緒に食べる。

それを何十年も続けてきた方にとって、「朝のパン」は単なる栄養ではありません。

その人の暮らしそのものです。

ところが、介護が必要になり、摂食嚥下機能が低下してくると、

「パンは危ないのでやめておきましょう」

と言われることがあります。

確かにパンは、高齢者にとって注意が必要な食品です。

でも私は、そこで一度考えたいのです。

「パンが危ない」のではなく、その人にとって、そのパンを、その食べ方で食べることが危ないのではないでしょうか。

つまり、

パンを食べられるかどうかは、その人の能力だけでは決まらない。

今回ご紹介する研究を読むと、そのことがよく分かります。

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パンは、口の中で完成する食べ物

ご飯とパン。

同じ主食ですが、口の中で起こっていることには大きな違いがあります。

パンは多孔質で、もともとの水分量が少なく、口の中の水分を取り込みます。そのため、口腔内でまとまりにくく、飲み込みにくい食品であることが指摘されています。

ここで重要な役割を果たしているのが、

「唾液」です。

私たちはパンを噛みながら、細かくするだけではありません。

唾液を混ぜ、パンを少しずつ湿らせ、舌や頬を使ってまとめ、喉へ送り込める「食塊」に変えていきます。

つまりパンは、

口に入れた時点では、まだ「飲み込める食べ物」になっていない

とも言えるのです。

咀嚼と唾液によって、口の中で「飲み込めるパン」に作り替えているのです。

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唾液が少ないと、パンを食べるためにもっと頑張らなければならない

高齢になると問題になるのが、唾液です。

加齢そのものだけでなく、疾患、薬剤、脱水などさまざまな要因によって口腔乾燥がみられることがあります。

ある研究では、健常成人の唾液分泌を薬剤で低下させて、パンを食べたときの変化を調べています。(参考文献「唾液分泌低下がパン咀嚼嚥下運動にもたらす影響」)

すると、唾液が減少した状態では、どのパンでも「飲み込みやすさ」が低下しました。特に水分量の少ないパンでは、咀嚼時間が長くなり、噛む回数も増えています。

研究者らは、水分の少ないパンでは食塊形成により時間と努力が必要になるため、口腔乾燥のある高齢者では慎重な提供や調整が必要だとしています。

これは訪問診療ではとても重要な視点です。

一見すると、

「ちゃんと噛めている」

ように見える人でも、実際には、

パンを飲み込める状態にするために、口の中で必死に頑張っている

可能性があるからです。

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「何回噛めるか」だけではパンの評価はできない

さらに興味深い研究があります。

パンを噛んでいる間に、食塊にどのように唾液が混ざっていくのかを調べた研究です。(参考文献「パン摂食時における食塊への唾液の混入と嚥下誘発への関与])

研究では、唾液分泌を抑えると、初回嚥下までに必要な咀嚼回数が平均37%増加しました。

つまり唾液が少なくなれば、

同じパンを飲み込むために、より多く噛まなければならない。

しかし、この研究でもう一つ興味深いのは、「水分量だけが問題なのではない」ということです。

食塊が口の中の唾液を吸い続ける状態では、口腔粘膜と食塊との間の潤滑が悪くなります。

反対に、パンが十分に変化して吸水性が低くなってくると、粘膜表面の唾液が奪われにくくなり、食塊を送り込みやすくなる可能性があります。

研究者らは、単なる食塊の水分量以上に、食塊の「吸水性」が嚥下誘発に強く関係している可能性を示しています。

ここが「パン」という食品の難しさなのだと思います。

単純に、

「柔らかいから大丈夫」

「小さくしたから大丈夫」

「水を飲ませれば大丈夫」

ではないのです。

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では、水分の多いパンならいいの?

これも興味深い研究があります。

パン生地そのものの加水量を増やして、食べやすさがどう変化するのかを調べた研究です。(参考文献「パンの咀嚼・嚥下特性に与える加水量の影響」)

寒天ゲルを利用して加水量を増やしたところ、120%加水したパンでは、通常のパンより柔らかく、まとまりやすくなりました。さらに模擬食塊では付着性も低下しています。

官能評価でも、この高含水パンは通常のパンより「飲み込みやすい」と評価されました。た

ここで私は、とても大切なことが見えてくるように思います。

「パン」という名前だけで、食べられる・食べられないを決めることはできない。

同じパンでも、

水分量、柔らかさ、付着性、まとまりやすさ、そして口の中でどれくらい唾液を奪うのか。

それによって「食べやすさ」は変わるのです。

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そして「食べ方」でもパンは変わる

ここからは論文そのものの結論ではなく、私が訪問歯科の現場で特に大切だと思っていることです。

パンを食べられるかどうかは、

本人の口腔機能 × パンの性状 × 食べ方 × 環境

で考える必要があります。

たとえば一口量。

自宅にいた頃、大きなパンを自分でちぎりながら好きなように食べていた人に、「小さくしてください」と言っても、なかなか受け入れてもらえないことがあります。

飲み物との交互嚥下が有効な方もいるでしょう。

パンだけを何口も続けるのではなく、適切なタイミングで飲み物などを組み合わせることで食べやすくなる場合もあります。

パンそのものについても、乾燥したものと、しっとりしたものでは違います。

スプレッドなどを利用して食べやすさを調整できる場合もあるでしょう。

ただし、飲み物をつければ安全、マーガリンを塗れば安全、という意味ではありません。

水分でむせやすい方もいますし、パンを液体に浸すことで、かえって食塊のまとまり方がその人に合わなくなる可能性もあります。

だからこそ、

「パンは禁止」でも「工夫すれば誰でも食べられる」でもない。

その人がどう食べると安全に近づけられるのかを、実際の摂食場面で見ていく必要があります。

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介護する人の協力がなければ実現できないこともある

そして、訪問の現場ではもう一つ大きな問題があります。

介護する方の協力です。

「一口をこのくらいにしてください」

「パンだけを続けず、このタイミングで飲み物を」

「少し時間をかけて食べてもらってください」

そうお伝えしても、施設では一人の職員さんが何人もの方を介助しています。

朝の忙しい時間帯に、一人だけ特別な食べ方をすることが難しい場合もあります。

私は、その事情もよく分かります。

だから現実には、

「食べられる能力がある」ことと、「安全に提供できる」ことは同じではありません。

本人には食べる力があっても、その食べ方を支える環境が整わなければ提供できないことがあります。

残念ながら、私自身もパンを諦めてもらった患者さんがいます。

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それでも「パンが食べたい」を簡単に諦めたくない

「パンが食べたい」

この一言を、単なるわがままと捉えないでほしいと思っています。

毎朝パンを食べてきた人にとって、

パンの香り。

トーストした表面の感触。

バターの風味。

コーヒーとの組み合わせ。

そして「朝になった」という感覚。

それらすべてが、その人の人生の中に積み重なっています。

食べるという行為は、栄養を摂取するだけではありません。

その人が、その人として暮らすことでもある。

だから私は、

「嚥下機能が落ちたからパンは禁止」

で終わるのではなく、

「どうすればこの人はパンを食べられるだろう?」

と、一度考えてみたいのです。

パンの種類を変える。

一口量を変える。

水分やスプレッドとの組み合わせを考える。

食べる順番を変える。

姿勢を整える。

食事に十分な時間を取る。

そして必要なら、歯科医師、言語聴覚士、管理栄養士、看護師、介護職などが一緒に実際の食事場面を見て考える。

その中に、「食べられる方法」が残っているかもしれません。

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「食べられるもの」から考えるのではなく、「食べたいもの」から考えてみる

摂食嚥下に問題が出てくると、どうしても私たちは、

「何なら安全に食べられるか」

から食事を考えます。

もちろん安全は何より大切です。

でも、ときには順番を反対にしてもよいのではないでしょうか。

「この人は何を食べたいのだろう」

そこから考えて、

その願いを実現するためには何を変えればよいのかを探していく。

本人の能力をみる。

食品を変える。

一口量を変える。

食べ方を変える。

環境を変える。

支える人を増やす。

それでも難しければ、そのとき初めて別の方法を考える。

私は、それが「食べる幸せ」を支える摂食嚥下のあり方の一つではないかと思っています。

「朝はパンが食べたい」

そんな小さな願いを、できるだけ長く守ってあげたい。

なぜなら、その一枚のパンには、

その人がこれまで生きてきた「いつもの朝」が詰まっているのですから。

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