ご自身や身近な方に「顎がなくなってきている」と感じることはありませんか?

もちろん、本当に顎がなくなったわけではありません。

若い頃には比較的はっきりしていた顎先から首にかけてのラインがなくなり、顎先から胸元までが、なだらかにつながって見える。

私は患者さんで特に嚥下機能が低下している患者さんを診ていると、このようなお顔立ちになっている方をよく目にします。

そして最近では、まだ嚥下障害のない高齢者だけでなく、若い方でも同じような横顔を見ると、

「この方の飲み込む力は、この先どうなっていくのだろう」

と、少し気にしてしまいます。

今日は、そんな「横顔」「飲み込む力」について考えてみたいと思います。

飲み込むとき、顎の下では何が起きているのか

食べ物を飲み込む「嚥下」という動作。

私たちは普段ほとんど意識せずに行っていますが、その一瞬に、口から喉にかけてたくさんの筋肉が協調して動いています。

その中でも重要なのが、

「舌骨上筋群」

と呼ばれる筋肉です。

顎舌骨筋、顎二腹筋、オトガイ舌骨筋など、主に顎の下に存在する筋肉です。

飲み込む瞬間、これらの筋肉が働くことで「舌骨」という小さな骨が前上方へ引き上げられます。

すると喉頭も持ち上がり、食道の入口が開きやすくなります。

つまり顎の下には、

「飲み込むために働く筋肉」

が集まっているのです。

「口を開ける力」と「飲み込む力」はつながっている

今回ご紹介する研究は、日本大学大学院歯学研究科の飯田貴俊先生による

「加齢と嚥下障害が舌骨上筋群の収縮力に及ぼす影響」

という研究です。

この研究の面白いところは、舌骨上筋群の力を調べるために、

「口を開ける力=開口力」

を測定しているところです。

実は舌骨上筋群は、飲み込むときだけでなく、口を開けるときにも働きます。

そこで研究では、

  • 70歳未満の健常成人
  • 70歳以上の健常高齢者
  • 70歳以上の嚥下障害のある高齢者

の開口力を比較しています。

その結果、平均開口力は、

健常成人 7.8kg

健常高齢者 5.7kg

高齢嚥下障害者 4.1kg

でした。

つまり、

若い人 → 健康な高齢者 → 嚥下障害のある高齢者

という順番で、口を開ける力が弱くなっていたのです。

研究では、70歳以上の高齢者では舌骨上筋群の収縮力が加齢によって低下し、さらに嚥下障害のある人では健常高齢者よりも低下していることが示されています。

顎の下も「老化する筋肉」のひとつ

では、なぜ年齢とともにこの力が弱くなるのでしょう。

その一つとして考えられているのが、

サルコペニア

です。

年齢を重ねると、足や腕だけではなく、全身の筋肉量や筋力が少しずつ低下していきます。

以前のブログでも、患者さんの足が細くなっていくことや、椅子に座ったときに足底をしっかり床につけること、日常生活の中で腿上げや足首を動かすことの大切さについて書きました。

私たちは「筋力低下」と聞くと、

歩けなくなること

立てなくなること

転びやすくなること

などを想像しがちです。

でも、筋肉は足だけにあるわけではありません。

食べるための筋肉も、飲み込むための筋肉も、同じ身体の筋肉です。

今回の研究では、加齢による舌骨上筋群の筋力低下について、サルコペニアとの関連が考察されています。

「足が弱くなった」

という変化と、

「飲み込みが弱くなった」

という変化。

一見まったく別の出来事のようですが、私は訪問診療をしていると、決して無関係ではないように感じます。

では「顎がないように見える顔」は何を意味するのか

ここからは、この論文そのものに書かれていることではなく、私自身が患者さんを診ていて感じていることです。

嚥下機能が低下している患者さんの横顔を見ると、顎先から首、そして胸元へ続くラインがなだらかになっている方が少なくありません。

いわゆる、「顎がないように見える」横顔です。

もちろん、この顔貌だけで嚥下障害を診断することはできません。

皮下脂肪の量、骨格、加齢による皮膚の変化、姿勢など、見た目を左右する要因はいくつもあります。

ですから、

「二重顎だから嚥下障害になる」

「顎がないように見えるから飲み込む力が弱い」

と単純に結びつけることはできません。

それでも私が気になるのは、その場所がまさに、飲み込みに重要な舌骨上筋群の存在する場所だからです。

顔だけを見るのではなく「頭の位置」まで見てみる

そしてもう一つ、これまでのブログでも何度か取り上げてきたのが、

姿勢

です。

頭が身体より前へ出て、背中が丸くなる。

すると顎は胸に近づき、顎の下から首にかけてのラインも変わります。

以前、歯科治療で口を開けるときに頭を後ろへ反らせてしまう方について書きました。

本来なら下顎を動かして口を開けたいのに、それだけでは十分に開けられず、首や頭の動きまで使って補っている人がいます。

私はこうした動きを見ると、「口だけの問題なのだろうか」と考えます。

顎を動かす筋肉。

舌を動かす筋肉。

舌骨を動かす筋肉。

首を支える筋肉。

姿勢を保つ体幹。

そして地面を支える足。

身体は全部つながっています。

だから私は、患者さんのお口を診ながら、足を見ることがあります。

座り方を見ることがあります。

背中を見ることがあります。

そして横顔を見ることがあります。

「まだ飲み込めている」時に気づけたら

嚥下障害というと、

むせるようになった

食事に時間がかかる

食べ物が喉に残る

誤嚥する

といった症状が出てから気づくものと思われがちです。

でも本当に大切なのは、「まだ食べられている時」なのではないでしょうか。

まだむせていない。

まだ普通の食事を食べている。

でも、

以前より姿勢が崩れてきた。

歩く速度が遅くなった。

足が細くなった。

口が大きく開かなくなった。

声が小さくなった。

そして横顔が変わってきた。

こうした一つひとつの小さな変化は、それだけで嚥下障害を意味するものではありません。

しかし身体全体を眺めてみると、「食べる力が少しずつ弱くなっているサイン」が、その中に隠れていることがあるのではないかと私は思っています。

顔は「結果」だけではなく「身体の使い方」を映しているのかもしれない

以前のブログで、若さは単にシワが少ないことではなく、「抗重力筋が働いているか」という視点について書きました。

重力に負けず頭を支える。

身体を起こして座る。

表情をつくる。

口を動かす。

食べ物を噛む。

そして飲み込む。

どれも筋肉が働くことで成り立っています。

そう考えると、年齢とともに変化する「顔」も、単なる美容上の変化だけではないのかもしれません。

その人がこれまでどのように身体を使ってきたのか。

今、どのくらい重力に抗って身体を支えられているのか。

そして、食べるための筋肉がどのくらい働いているのか。

そんな身体の状態の一部が、横顔にも現れている可能性があります。

もちろん、これは今後科学的に検証されるべき部分です。

だからこそ私は、

「顎がないように見える=嚥下障害」

と決めつけるのではなく、

「あれ?以前と横顔が違うな」

という小さな気づきを大切にしたいと思っています。

口だけを診ない

訪問歯科を続けてきて、患者さんから教えていただいたことがあります。

それは、

「口は、身体から切り離して考えることができない

ということです。

足が弱れば姿勢が変わる。

姿勢が変われば頭の位置が変わる。

頭の位置が変われば、顎や首周囲の筋肉の使い方も変わる。

そしてそこには、食べること、飲み込むことに関わる筋肉があります。

今回の研究は、加齢によって舌骨上筋群の力が低下し、嚥下障害のある高齢者ではさらに弱くなっていることを、「開口力」という数値で見せてくれました。

「最近、顎がなくなってきた気がする」

そんな何気ない横顔の変化。

それだけで病気を判断することはできません。

でも、その変化をきっかけに、

姿勢はどうだろう。

口はしっかり開くだろうか。

足の筋力は落ちていないだろうか。

声は弱くなっていないだろうか。

食事の様子は以前と変わっていないだろうか。

そんなふうに、その人の身体全体を見ることができたら。

「食べられなくなってから」ではなく、「まだ食べられているうち」にできることが、もっとたくさん見つかるのではないか。

私はそう思っています。

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