「食事をするときは、足の裏をしっかり床につけてくださいね」

私は訪問診療の際、患者さんにこのようなお話をすることがあります。

でも実は、足を床につけてほしいのは食事のときだけではありません。

居室で過ごしているときも、できるだけ足の裏がしっかり床につくように座る。

そしてテレビを観ながらでも、

「腿を少し上げてみましょう」

「足首を曲げたり伸ばしたりしてみましょう」

そんなことをお伝えしています。

なぜ歯科医師が、患者さんの「足」を気にするのでしょうか。

今日は、「食べること」と「足」の意外な関係についてお話ししたいと思います。

「飲み込む」は口だけで行っているわけではない

今回ご紹介するのは、

「食事中の足底接地が摂食嚥下機能に与える影響に関する文献検討」

という論文です。

この研究では、食事をするときに足の裏を床につけているかどうかが、食べる機能や飲み込む機能にどのような影響を与えるのか、過去の研究を調べています。

そこで示されたのが、

足底接地の有無が、嚥下機能だけでなく、咀嚼や咬合力にも影響する可能性がある

ということでした。

考えてみれば、「食べる」という行為は口だけで行っているものではありません。

食べ物を見て、手を伸ばし、口へ運ぶ。

咬んで、舌を動かして、飲み込む。

その間、頭を支え、身体を起こし、姿勢を保っています。

つまり摂食嚥下とは、

全身を使った協調運動

なのです。

足を床につけるだけで「飲み込み方」が変わる

論文で紹介されている研究のひとつでは、

・足が床から離れている状態

・足底を床につけた状態

で、水やヨーグルトを飲み込んでもらい、そのときの筋活動を比較しています。

すると、足が床から離れている場合には、条件によって舌骨上筋群の活動時間が長くなったり、筋活動量が大きくなったりすることがわかりました。

研究者らは、足底を接地することで、より効率的に嚥下できる可能性を示しています。

さらに別の研究では、足底接地と咀嚼運動、最大咬合力、咬合接触面積などとの関係も調べられています。

つまり、

足元が安定することは、口の働きにも関係している可能性がある

ということなのです。

足元が不安定だと、身体はどこかで頑張らなければならない

私は、この論文の中でも特に興味深いと感じた部分があります。

人間は座っているだけでも、実はたくさんの筋肉を使っています。

そして、自分の身体を安定して支えられなくなると、身体は別の場所を使ってその不安定さを補おうとします。

この論文でも、

自力で安定した座位を保てない場合、身体の他の部分で代償し、その代償が頭頸部に生じることがある

と述べられています。

ここが、私が普段患者さんのお口を診ていて感じていることと重なります。

「先生、身体は太っているのに足だけ細くなっているの」

昨日も、食いしばりの非常に強い患者さんを診察していました。

お口や顎の状態だけでなく身体全体を見ていて、私は足の筋力低下が気になりました。

そこで、そのことをお話しすると患者さんが、

「そうなの。身体は太っているのに、足だけがどんどん細くなっているの」

そして、

「触ると冷たかったり、痺れもあるの」

とおっしゃいました。

この言葉がとても印象に残りました。

もちろん、この患者さんの食いしばりが「足の筋力低下によって起きている」と断定することはできません。

今回の論文も、足の筋力低下が食いしばりを起こすことを証明した研究ではありません。

でも私は、ここにひとつの大切な視点があると思っています。

身体を支えられなくなったとき、上半身が頑張っていないだろうか

足や体幹で身体を十分に安定させることが難しくなったとき、人はどうするでしょう。

どこか別の場所を緊張させて、身体を安定させようとするかもしれません。

肩かもしれない。

首かもしれない。

そして、顎周囲の筋肉もその一部になっている可能性があります。

今回の論文でも、頭頸部の筋肉は嚥下だけではなく姿勢保持にも使われるため、姿勢が不安定になることで筋活動が変化し、咬合力にも影響する可能性が論じられています。

だから私は、強い食いしばりのある患者さんを診るとき、

「歯と顎だけを見ていていいのだろうか」

と思うのです。

食いしばりは「身体からのサイン」なのかもしれない

食いしばりにはさまざまな要因があります。

そのため、食いしばりを見つけたからといって、その原因をひとつに決めることはできません。

でも、

「食いしばっているからマウスピースを入れましょう」

だけでは見えてこないものもあります。

その患者さんはどんな姿勢で一日を過ごしているのか。

椅子に座ったとき、足は床についているのか。

身体を起こしているだけで疲れていないか。

首や肩に必要以上の力が入っていないか。

そして、

足の筋肉は身体を十分に支えられているのか。

お口に現れている症状を「口だけの問題」と考えず、身体全体から考えてみる。

私は訪問診療をするようになってから、その大切さを患者さんたちから教えていただきました。

だから私は「テレビを観ながらでいいですよ」と伝えます

高齢の患者さんに、

「運動してください」

と言っても、なかなか続きません。

ですから私は、

「テレビを観ながらでいいですよ」

とお話しします。

座っているときには、できる範囲で足底を安定させる。

テレビを観ながら腿を上げてみる。

足首を曲げたり伸ばしたりする。

もちろん、その方の病気や身体機能によって、できる運動は違います。

無理をする必要もありません。

大切なのは、

「口のために口だけを動かす」のではなく、身体全体を使える状態をできるだけ保っていくこと。

なのではないかと思っています。

「食べる力」は足の裏から始まっているのかもしれない

今回の論文で紹介された研究はわずか4報で、その多くが健康な成人を対象としています。

ですから、

「足を床につければ誤嚥を防げる」

「足を鍛えれば食いしばりが治る」

と結論づけることはできません。

論文自体も、今後、高齢者や嚥下障害のある方を対象としたさらなる研究が必要だとしています。

それでも、この研究が教えてくれることがあります。

口は、身体から切り離されて存在しているわけではない。

足の裏が床を感じる。

足が身体を支える。

骨盤と体幹が安定する。

その上に首があり、

その上に顎があり、

その中で舌が動き、

私たちは咬んで、飲み込んでいます。

そう考えると、

「食べる力」は、口から始まるのではなく、足の裏から始まっているのかもしれません。

訪問診療で患者さんのお口を診ながら、

私はこれからも、

「この口を支えている身体は、今どうなっているのだろう」

という視点を忘れずにいたいと思っています。

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