歯科を受診された患者さんのお口の中から、私たち歯科医療従事者は実に多くの情報を得ています。

むし歯や歯周病、歯の本数といった歯科疾患だけではありません。歯の清掃状態、唾液の量や質、口の開け方、話し方などから、その方の生活習慣や身体の状態、さらには精神的な状態まで推測できることがあります。

特に、

  • 舌や頬の内側についた歯型
  • 咬筋(エラの部分の筋肉)の緊張
  • 顎の骨にできる骨隆起(こつりゅうき)

などは、「食いしばり」のサインとしてよく見られます。

食いしばりは本人が気づいていないことも少なくありません。しかし、「朝起きると顎が疲れている」「肩こりがひどい」「歯科で指摘されたことがある」という方も多いのではないでしょうか。

「食いしばりは良くない」と聞いたことがある方は多いと思いますが、なぜ良くないのでしょうか。

今回は、この“食いしばり”について考えてみたいと思います。

食いしばりが良くない本当の理由

食いしばりが問題になるのは、単に歯がすり減るからではありません。

本来、咀嚼筋は食事の時だけ強く働く筋肉です。しかし食いしばりでは、食べ物がない状態でも長時間にわたり筋肉が働き続けます。

その結果、歯だけでなく、顎や筋肉、呼吸、姿勢、さらには自律神経にまで影響が及ぶことがあります。

① 歯や歯周組織に負担がかかる

食いしばりによる力は、食事中の咀嚼時以上になることがあります。

そのため、

  • 歯がすり減る
  • 歯にヒビが入る
  • 詰め物や被せ物が外れる
  • 歯がしみる
  • 歯周病の進行を助長する

といった問題が起こりやすくなります。

歯は本来、食事の時に力を受けるよう設計されています。長時間の過剰な負荷は、歯やその周囲組織に大きなストレスとなるのです。

② 顎関節に負担がかかる

食いしばる時には、咬筋や側頭筋が強く収縮し続けます。

その結果、

  • 顎が痛い
  • 口が開きにくい
  • 顎がカクカク鳴る
  • 顎が疲れる

といった顎関節症の症状につながることがあります。

「硬いものを食べていないのに顎が疲れる」という方は、無意識の食いしばりが関係しているかもしれません。

③ 頭痛や肩こりの原因になる

食いしばりは顎だけの問題ではありません。

顎を閉じる筋肉だけでなく、

  • 咬筋
  • 側頭筋
  • 胸鎖乳突筋
  • 僧帽筋

などの筋肉も連動して緊張します。

そのため、

  • こめかみの痛み
  • 緊張型頭痛
  • 首こり
  • 肩こり

を訴える方も少なくありません。

慢性的な肩こりや頭痛の原因が、実は口の中に隠れていることもあるのです。

④ 呼吸が浅くなることがある

食いしばりをしている時は、顔や首周囲の筋肉も同時に緊張しています。

すると、

  • 首が硬くなる
  • 胸郭の動きが制限される
  • 呼吸が浅くなる

という状態が起こりやすくなります。

特にデスクワークやスマートフォン操作に集中している時は、無意識に歯を接触させながら呼吸を止めたり浅くしたりしている方も少なくありません。

呼吸が浅くなると、さらに身体の緊張が高まるという悪循環につながります。

⑤ 自律神経にも影響する

食いしばりはストレスや緊張と深く関係しています。

食いしばりが続くと、

  • 交感神経が優位になる
  • 筋肉の緊張が増える
  • 睡眠の質が低下する

といった状態を招くことがあります。

例えば、
「ストレスを感じる」→「食いしばる」→「筋肉が緊張する」→「疲労が抜けない」→「さらにストレスを感じる」
という悪循環が生まれてしまいます。

⑥ 舌や嚥下機能にも影響する可能性がある

摂食嚥下や口腔機能の視点から見ると、食いしばりが強い方には、

  • 舌の位置が低い
  • 口呼吸傾向がある
  • 首や顎に力が入りやすい
  • 飲み込む時に余分な力を使う

といった特徴がみられることがあります。

そのため、食いしばりへの対応は単純にマウスピースを作るだけでは十分ではありません。

  • 舌の機能
  • 呼吸
  • 姿勢
  • 咀嚼の仕方

まで含めて評価することが重要です。

歯が触れていること自体が問題になることも

では、歯を接触させることそのものが悪いのでしょうか。
実は、安静時には上下の歯は接触していないのが正常です。

歯と歯の間には通常1〜3mm程度の隙間(安静空隙)があり、
・会話
・咀嚼
・嚥下
の時だけ歯が接触します。

つまり、食いしばりの問題は「強い力」だけではありません。

本来離れているはずの歯が、長時間接触し続けること自体も問題なのです。

歯科ではこれを TCH(Tooth Contacting Habit:上下歯列接触癖) と呼び、顎関節症や咀嚼筋痛の原因のひとつとして注目されています。

食いしばりは体からのメッセージ

食いしばりを考える際には、「どれだけ強い力がかかっているか」だけでなく、「なぜ力が入り続けるのか」という背景に目を向けることが大切です。

その背景には、

  • ストレス
  • 呼吸の乱れ
  • 姿勢の問題
  • 舌機能の低下
  • 生活習慣

などが隠れていることがあります。

つまり、食いしばりは単なる歯の問題ではなく、心と体のバランスが崩れていることを知らせるサインとも考えられるのです。

食いしばりは体からのSOS。

もし食いしばりの自覚がある方や、歯科医院で指摘されたことがある方は、マウスピースだけで終わらせるのではなく、自分自身の呼吸や姿勢、睡眠、ストレスとの向き合い方を見直してみてはいかがでしょうか。

お口は、体と心の状態を映し出す鏡です。だからこそ、歯だけでなく全身を含めて考えることが、本当の意味での健康につながるのではないでしょうか。

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